第二話

構成・文 菅 正太郎

 ポリヘドロンには七つの恒星系が存在する。
 「レ・ガリテ」、「デ・メトリオ」、最も人口を有する巨大恒星系「ン・ヤガ」、かつてレ・ガリテと敵対した超大国であり現在は永世中立を掲げる「ア・ラマーン」、レ・ガリテから派生した小国「ラ・クインテバリテ」と「テ・バリテ」―――そして、ポリヘドロンの中で最も新しい恒星系「パ・ドロス」だ。
 ポリヘドロンは連邦国家であり、各恒星系から選出された連邦議会議員とその代表である連邦議長が政務を執り行うとあるが、実質は、レ・ガリテが政治的にも経済的にも、強い影響力を持ち続けている。その証拠に、連邦議会、最高司法局をはじめ、主要機関のほとんどがレ・ガリテに集中している。

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 センシミリアにあるデ・メトリオ王立アカデミーに籍を置きながら、俺は学生時代の大半をレ・ガリテの王立アカデミーで留学生として過ごした。
 ポリヘドロン中の王侯貴族の間では、その子息たちをレ・ガリテの王立アカデミーに、期間はともかく一度は留学という形をとることが、長年に渡る慣例となっていた。
 ディセルとの友情はより強いものとなり、変わらず続いていた。
 レ・ガリテの第一王位継承者というと、初めの頃こそ、同じ年の学生のみならず教師でさえ、腫れものを扱うように距離を置いたが、恐らくは俺という存在が傍にいたことで、人はディセルの違った側面を垣間見ることとなり、結果、俺たちはポリヘドロンの次世代を担う「黄金世代」とも呼ばれ、交流を深めていった。
 ここにパ・ドロス・ジュディアーノが加わったのは、クラスの中の大半が互いをファーストネームやあだ名で呼ぶようになって、しばらく経った頃だった。

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 ジュディアーノの父が王につく、パ・ドロス星系は、約二千年前に開拓されたばかりの若い恒星系だ。元は「ン・ヤガ」のいくつかの惑星を拠点とした小国家だったが、連邦議会内での長年にわたる粘り強い交渉の結果、七つの内の最後の恒星系を、正式に統治するに至った。
 彼らの歴史を紐解けば、それがいかに悲願であったか知れるのであろうが、現実はそれほど美しい建国の物語を彼らには与えなかった。
 彼らが手にしたパ・ドロスという星系は、タジウス星雲に近く、ここには数多くのバースト領域が存在していた。
 恒星と主星、他いくつかの惑星と衛星こそ持つものの、パ・ドロス星系は、宇宙における絶海の孤島ともいうべき、隔絶された場所であった。
 彼らの側から強く働きかけない限りは、残り六つの恒星系との貿易すらままならず、初代パ・ドロス国王は、連邦議会内での彼の発言力の低下を目論むレ・ガリテによる画策であると、王宮内で連日連夜喚き散らし、それが後に、彼らのレ・ガリテに対する国是として代々受け継がれ、いつしか彼らの視線は、ポリヘドロンの外に広がる、広大な宇宙へと向けられていった。つまり―――「振り向いてくれないのなら、こっちから出てってやる」と。
 それから千数百年―――その劣等感にも似た国を挙げての反骨精神が、新たな亜空粒子発見と「極長距離星域間移動」の精度を連邦いちにまで押し上げることとなり、更にはここ数年で一気に連邦議会をけん引するまでにのぼりつめた。

レ・ガリテを、「伝統」を守り続けるという意味で「保守」と形容するなら、パ・ドロスは「伝統」をかなぐり捨てた、まぎれもない「革新」であった。

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 ジュディアーノは、そんなパ・ドロスの精神を体現したような男だった。
 レ・ガリテに対してみせる分かりやすい敵愾心は幼稚で軽薄なものといえたが、逆を言えば隠し立てのない真っ 直ぐな心とも受け取れ、それが彼の持ち前の明るさとも合間って、元々ディセルマインをとっつきにくいと感じ ていた者達を惹きつけて行った。
 そして、周囲の期待通りに、ジュディアーノは、ディセルという「保守」レ・ガリテを挑発し始めた。
 その言葉の多くは、「ディセルの考えを伺う」という体をとりつつ、レ・ガリテの歴史、伝統、文化を、旧態依然と批判し、より革新的であるべきではないかと、教室や食堂、オービッドのシミュレーターの中でまで披露した。
 しかし―――、数万年に渡り保守本流を続けてきた王家の嫡子は、連邦議会で翻弄され続ける自国の代表者たちとは違って、一切の挑発に乗ることもなく、時には優雅にこれをかわした。

 連邦議会の縮図を見る様に、ジュディアーノは取り巻きを増やし、ディセルへの挑発も露骨に、時には目に余る言動をとった。それでもディセルが俺や同輩に口出しを求めることはなかったし、むしろそれを強く嫌った。
 ただそれでも心配になり、一度「あまり気にするな」と忠告したことがある。「奴の挑発に乗るなよ」と。だが逆にディセルは「お前こそ」と一笑に付した。

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 事件が起こったのはそれからしばらくしてのことだ。
 輸送船を使った2週間に及ぶ実習の最中、俺たちの船に異常が生じた。リアクターのオーバーロードによるもので、その原因は作ったのは他ならぬジュディアーノだった。

 限りある燃料を使って、制限時間内に、目的地を目指すという実習であったにも関わらず、ジュディアーノは、連邦法で固く禁じられたポリヘドロンの域外へ、ディセルを連れ出すという考えに取りつかれ、それを実行に移した。ディセルを挑発に乗せる―――誰の目から見ても目的は明らかだった。

 どういった経緯で、それがオーバーロードにまで至ったか―――ポリヘドロンの規範を破ることに意義を見出したものとそうでないものたちの間で、船内の至る所で諍いが生じ、船内は混乱を極め、気がついたときには、我々を乗せた船は生命維持をするだけで手いっぱいの、およそ航行に適した船ではなくなっていた。救難信号は宇宙の闇に吸いこまれていくばかりで、本部からの応答もなく、その上、リアクターは、酒の飲み方も知らない箍の外れた若者のように、制御という制御をいっさい受け付けず、このままいけば大破して宇宙の藻屑となることは確実だった。

 それでもディセルは冷静だった。
 俺と自分の分のために確保しておいた脱出ポッドを使って、助けを呼びに行こうと俺を誘った。
 だがあの時、俺はディセルほど冷静ではなかった。酸素が薄くなりかけていたからか、それとも混乱した雰囲気にのみ込まれたからか、俺はある種の高揚感の中で、大破だけは避けようと、リアクターの完全停止に踏み切った。その結果、輸送船はごくわずかな非常用電源だけを有した、宙をさまようただの箱となった。

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 ここからさらに不運が重なり、結局、我々が発見されたのは2週間後のことだった。さすがのジュディアーノも憔悴しきって、無言で運び出されていったことを覚えている。
 俺は助け出される最後の最後まで、ひとりの犠牲者も出さずに済んだことを、自分のとった行動に疑問を持たなかった。むしろ誇らしい気分でもあった。
 ディセルの残した小さな言葉を聞くまでは―――

「余計なことを……」

―――#3に続く