第三話
構成・文 菅 正太郎
ディセルに言われた一言が気になっていた。
「余計なことを……」
あれはどういう意味だったのか。放っておけば、反応炉は確実に大破し俺たちは全員宇宙の藻屑と化していたはずだ。それをすべきでなかったとディセルは言うのか……。いや、そうではない…。ディセルは、二人きりになった時に言った。「脱出ポッドを確保した。助けを呼びに行こう」と。あれはどういう意味だ―――
父の病状が思わしくもなく、レ・ガリテとデ・メトリオを行き来する日々が続いていた俺は、それ以上、自分の考えを一人で推し進めることを控えた。
そんなはずはないのだ。ディセルが仲間を死に追いやるようなことをするはずがない。だが――― もしも、ジュディアーノを、彼の取り巻きを、仲間とはみなしていなかったとしたら……。
事件から既に数カ月が経過した頃、俺は、久しぶりにレ・ガリテへ来星し、アカデミーの門をくぐった。ディセルは、先の事件以来、一度も姿を見せていないらしい。そして、それはジュディアーノも同じだった。
それから暫くしてのことだ。レ・ガリテとパ・ドロスの民間輸送船の船員同士が小競り合いを起こし、多數の死傷者を出したという報せがポリへドロン中を駆け巡った。
× × ×
事故は「ラ・クインテバリテ」の貿易中継基地内で起こった。事件の発端は数名の航海士による小競りあいだったが徐々にその数を増やし、最後はパ・ドロスとレ・ガリテ双方の輸送艦が施設内で大破するに至るという大惨事となった。
それでなくとも、対立を強めていた両国である。事態は、悪化の一途をたどるかにみえたが、双方ともに軍の関与もなく民間の事件との認識で、争いはいったん法廷の場に移された。
非はどちらにあるか―――争点は誰の目から見ても明白だった。しかし、事態は思わぬ方向へと発展していった。大弁護団を組んで臨んだレ・ガリテから、事件に関する新たな証拠が次々と提出されたのだ。
レ・ガリテ側の証人として、突如出廷したパ・ドロス側の運航会社の現場主任が、大破したパ・ドロス側の船の積荷の中に、一部亜空兵器にも使われる鉱石「ノドヴィリウム」が積み込まれていたと証言した。
「ノドヴィリウム」は、近年、その輸出入の制限を連邦で定められたばかりの鉱石で、闇取引や密輸が問題になっていた。
レ・ガリテ側の弁護団は、さらに当時事件現場に居合わせたレ・ガリテ側の複数の船員らがその事実を知り、近く連邦運輸管理局に告発の用意があったとの証言を取り付けた。この証言によりレ・ガリテ側は、事件は告発の阻止を目的としたパ・ドロス側によって故意に引き起こされたものであると結論づけたのだ。
それからは「全てが最初からレ・ガリテによって仕組まれたことだ」「密輸など行っていない」というパ・ドロス
側の主張は、後手に回る一方で、いったんレ・ガリテ側に傾いた法廷の流れを変えることはできなかった。
裁判に敗れたことに、パ・ドロス側の連邦議会議員たちも口を噤まざるを得なかった。
これは民間のいち事件ではある。それを連邦議会に持ち込むことで、勢いづいた自分たちの足が引かれることを彼らは何よりも嫌った。
だがパ・ドロス国内の世論は違った。とりわけ学生を中心とした若者たちは、反レ・ガリテ、反ポリヘドロンを掲げて、パ・ドロス国内の議会を飛び越え、王室へ直接訴えかけた。
そして、その声に突き動かされたのが、他ならぬジュディアーノであった。
× × ×
ディセルから俺に話があるとレ・ガリテの王宮に招かれたのは、パ・ドロス星系とレ・ガリテの関係が一触即発という緊張状態にまで悪化した数週間後のことだった。
俺がこの日通されたのは、謁見の間という、文字通り、国王を拝謁する場所である。
ディセルは殿下と呼ばれながらも、この部屋の最も奥深い場所に位置した玉座に坐し、俺を迎えた。
玉座から立ち上がろうともしないディセルの前で、俺は、強い違和感を覚えながらも、奴を取り巻く従者たちの無言の圧力を前に、片膝をつき、頭をたれた。
そんな俺を、ディセルは「友よ」と呼びかけ、こう続けた。
「パ・ドロスを攻める」
ディセルと久しぶりに再会した時から、この一言を聞くと覚悟していたはずだった。そして、俺は、デ・メトリオとレ・ガリテ両国の友好的な関係や、この男のただひとりの親友であるという自負心からも、奴の決意に疑問をさしはさむべきではないと自分に言い聞かせてここへ来ていた。しかし――― 、俺から出た第一声は、思いもかけず、自分の意思に反するものだった。
「なぜだ……」
ディセルは、この先、俺の言葉が続かないこともよく知っていた。だからこそあえて戦いに赴く大義名分などをくどくどしく説明することもなく、静かに告げた―――
「戦場で待っている」と。
× × ×
それから自分がどのようにして、あのラグランジェの花が咲き誇る中庭で、ディセルの幼き妹・ラフィンティ王女のお気に入りの遊びに付き合うことになったのか、よく覚えてはいない。ただ俺は、この心優しき王女に、自分の心をもたげる不安の正体をみせるべきではないと考えていた。
だがそれも、ディセルを乗せた船がレ・ガリテの大艦隊と共に、パ・ドロスへと飛び立つところを見るまでだった。
俺は王女と遊ぶことも忘れて、戦艦に埋め尽くされたレ・ガリテの空を見上げた。
この先、自分がどうすべきか――― ディセルに請われるがまま戦場へと赴き共に闘うべきなのか――― ジュディアーノは、友とは呼べぬまでも、同じ飯を食い、机を並べたアカデミーの同窓――― その奴と、奴の故郷に対し、俺は何をもってして戦うのか―――
頭の中を駆け巡る尽きせぬ問いに、傍らにいた幼き王女は「ヴィラジュリオ様」と苦言を呈した。そして、初陣に望む兄の船団を見送りながら、この王女ははっきりと戦争を好まぬと明言した。
「あなただけはいつまでもお兄様のお傍に」
何一つ答えを見出せぬ自分が、この時唯一感じた確かな希望を、俺は素直な気持ちで口にしていた。それに対し、王女もまた、屈託のない明るい笑顔で続けた―――
「もちろんあなたも」
―――#4に続く