第五話(最終回)

構成・文 菅 正太郎

 開戦から22日目―――パ・ドロスの抵抗は激しかった。
 レ・ガリテ連合軍は、前線基地のひとつである惑星を失った。当時最速と謳われたパ・ドロスの巡洋艦の存在も大きかったが、何よりここへ来て前線に立ち指揮するジュディアーノの存在が大きかった。
 ジュディアーノは、国民に向けた演説の中で、ディセルマインを公然と非難した。
 開戦直前には消沈していた戦意をここへ来て取り戻し、我こそが新たな時代のポリヘドロンを築く王であると、内外に向けて訴えた。
 ジュディアーノとディセルの話し合いによる和解はないと俺は悟った。

×      ×       ×

 ディセルマインは明らかに俺との接触を避けていたが、連合国の中における我がデ・メトリオ軍の功績は華々しかった。中でもラムス大隊所属のガリアル・レヴィン・タイラ率いる部隊の活躍は目覚ましく、敵要衝を次々と攻略していった。

 一方の俺は自分が停戦を訴え出た理由を見失いつつあった。
 この戦争の中に俺は何か不等なものを見出していたはずだった。辺境の地に押しやられながらも懸命に生きるパ・ドロスに対する同情であろうか? それとも2万年に及ぶポリヘドロンの秩序を守り続けてきたレ・ガリテに対する共感であろうか?
 一方的だとばかり考えていた戦争は、蓋を開けてみれば双方に大量の死傷者を出し、終わりの見えない泥沼の様相を呈していた。それでも主戦場である宙域は双方の国民からも遠く、中継を通じて送られてくる映像には、世論を動かす力はなかった。

 そんな中、戦況を一変させるような情報がもたらされた。それは、ジュディアーノ自らが敵の新たな前線基地を視察に訪れるというものだった。
 ブラフの可能性は十分ある。派遣された部隊が全滅の憂き目にあわないとも限らない。だがもしもこれが敵に気付かれてもいない極秘の情報であれば、ここから先かなり有利な条件で戦える。
 戦争中は、この手の駆け引きには事欠かないものだ。一か八か。ここで勝敗を分けるのは情報を的確に分析し、行動に移す「早さ」だ。

 「デ・メトリオにやらせてほしい」

 そういって会議の席上、手を挙げたのは他ならぬ、ガリアル・レヴィン・タイラだった。彼の直属の上司であるラムスも、ラムスの上官である俺も許可を出した覚えはない。奴は独断で動いた。
 だが俺は、タイラを止めなかった。他の恒星系の手前もあったが、何よりこの作戦を成功させることで、ディセルの信頼を取り戻したいという、俺の想いが強かったのだ。

 この頃の俺は、たった数週間前のことであるにも関わらず、国の在り方を賭けた戦争の解決を友情に求めていたことが遠い昔のことのように感じていた。だからといって戦争そのものを肯定する気にもなれず、何もしないことで、周囲からの評価を保留していた。
 タイラはそんな俺の精神状態を知ってか知らずか、座っているだけで様になる作戦の指揮官に俺を推挙し、自らは参謀に回った。
 アカデミーの先輩でもあるタイラに全幅の信頼を寄せていた俺は、奴に言われるがまま、翌朝にはパ・ドロスの前線基地のある宙域へと出撃した。

×      ×       ×

 相手にこちらの動きを察知されないためにも、部隊の規模は最小限にとどめられた。オービッド数体を積載した小型巡洋艦3隻と、戦争の規模からしても、最も小さな部隊と言えた。
 タイラの他にはアカデミー時代から仕えてくれているグラニアがいた。年若いが、軍人としてよく躾けられた、頼りになる部下だ。

 作戦は前線基地の偵察に重点がおかれていた。
 ジュディアーノの捕縛も、戦闘による前線基地の破壊もその第一の目的ではない。
 一瞬この作戦そのものが、ジュディアーノを前にした時の俺の行動を見極めるために仕組まれたものではないかと頭をかすめたが、すぐにそのような考えは打ち消した。
 俺たちは、目標としていたポイントに到達すると、すぐさま、作戦を実行に移した。

 だが、事態は最悪の展開を迎えた―――。

 敵に待ち伏せされていたのだ。
 こちらの動きは全て読まれていた。最初に掴んだ情報がブラフだったのか、それともこちらの作戦が敵に知れたのか? いずれにせよ、それを知ることは最優先事項ではない。今、最初にやるべきは現場からの撤退。つまり、逃げることだ。

×      ×       ×

 作戦内容からも機動性を重視した部隊ではあったが、中立地帯へ逃げ込んだ時には、俺をのせた小型巡洋艦以外に機影もなく、通信も途絶えていた。
 レ・ガリテの宙域へ至るには、時間はかかるが中立地帯を安全に航行し宙域へ至るか、パ・ドロス領内を抜けて最短のコースをとるかの二つにひとつだった。
 これ以上の犠牲を出したくなかった俺は、迷うことなく前者を選んだ。しかし、ここで問題が起こる。生命維持装置の破損だ。
 このままいけば酸素が尽きる。水も絶える。危険を冒してでも最短のコースをとって本隊と合流すべきだ。少なくとも通信の回復が望める場所に移動すべきだ。少数精鋭の有能な人間たちの集まりであっただけに、その分析も判断も極めて的確だった。

 そんな時である。
 我らの窮地を救う一本の通信が入った。タイラたちの船からだった。
 彼らもまた別の中立地帯に逃げ込み、生き延びていたのだ。彼らの船は損傷を負ってはいるものの航行に問題はなく、オービッドも数体保持しているとのことだった。
 タイラたちが集合場所に指定してきたのは、互いの中立地帯を抜けた、パ・ドロスの宙域にあった。
 俺たちは集合場所に急いだ。
 しかし、もともとリアクターのオーバーロードが原因で、生命維持装置にも支障をきたしたのだ。つまり、出力には初めから限界があり、亜空間移動など望むべくもなかった。
 それでも、いつ敵に発見されるともしれない環境下で、クルーたちの気持ちは逸り、出力を最大に上げるべきだと訴えた。
 俺はクルーの命を預かる者としてその要求を却下した。急がないというのではない。
闇雲に限界を超えて、タイラたちと合流が果たせないようでは、本末転倒だからだ。
 だがここへ来て、俺の言葉に耳を傾けるのはグラニアと他わずか数名ほどとなっていた。残りの者は、再びタイラとの通信が途絶えたこともあり、ここで合流できなければ、助かる道はないと焦燥にかられ、そして、俺が止めるのもきかず、リアクターを最大出力にまで高めた。

 今思えば、あの状況を先導する者がいたのかもしれない。
 幾度も死線を乗り越えてきたであろう、船乗りたちを崩壊へと導く、見えない先導者が―――もちろん、今となってはその姿を探るべくもないが……。

 リアクターは最大限に高められた。この状況にあっても、俺はディセルとジュディアーノの対立が明確となった輸送船実習を思いだすことはなかった。目の前にある混乱を収拾することだけを考えていた。
 俺が先の事件を思い出し、そして、全てがディセルマインにより仕組まれたことだと悟ったのは、輸送船実習の時同様、リアクターを完全停止させた時だった。
 なぜだ―――!
 その問いに答えるかのように停止させたはずのリアクターが俺の目の前で大破した。

 それから先のことはあまり覚えてはいない。
 炎に晒され、沈みゆく船の中で、俺はグラニアに引きずられるようにして、降下ポッドに押し込められ、気がついた時には、この暗い星の砂浜に横たわっていた。
 ここがポリヘドロンの監獄と呼ばれる、惑星ウ・ゴーと知るのはまだ少し先のことだ。
 何よりも先に、俺がこの海岸で知ったことといえば、自分があまりに無邪気であったことと、真っすぐと俺に近づいてくる小さな足音ぐらいのものだった。

―――終わり